黄金世代のFWが次世代の子どもたちに伝えたい20年前の経験

世界大会で活躍し、輝きを増す同世代を横目に見ながら、高田は少し複雑な気持ちを抱えていた。

「五輪とかそういう世界の舞台は、当初自分の視野に入っていなかったんです。でも、ナイジェリアで一緒に戦ったメンバーがシドニー五輪に向けて戦うチームに入って、アジア予選とかで活躍していると、自然と目に入ってくるじゃないですか。自分のレベルはそこに達していないと思いながらも、やっぱり悔しかったですね。

 ただ、ワールドユースの時、サポートメンバーだったソガ(曽ヶ端準)がシドニー五輪の予選で代表メンバーになって、プレーする姿を見て、すごく励みになりましたし、自分もがんばらないといけないと思ってはいました」

 結局、ワールドユースから帰ってきてから、高田の調子が上がることはなく、五輪代表から声がかかることはなかった。所属のベルマーレも、年間でわずか4勝しか挙げられず、ファーストステージ、セカンドステージともに最下位となって、J2降格が決まった。

 その際、高田はJ1の他クラブからオファーを受けたという。

「でも、お断りしました。たぶん、目標をもっと高く持っていたらオファーを受けたクラブでプレーし、『次はこうなりたい』とか考えることもできたと思うんですけど、当時の僕は、そういうことを考えられなかった。

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