太田雄貴、北京五輪銀メダルまでの苦闘の道。先輩への想いを胸に

太田雄貴、北京五輪銀メダルまでの苦闘の道。先輩への想いを胸に

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平成スポーツ名場面PLAYBACK〜マイ・ベストシーン 
【2008年8月 北京オリンピック 太田雄貴】
 歓喜、驚愕、落胆、失意、怒号、狂乱、感動……。いいことも悪いことも、さまざまな出来事があった平成のスポーツシーン。現場で取材をしたライター、ジャーナリストが、いまも強烈に印象に残っている名場面を振り返る――。

2008年北京五輪、冷静な判断で銀メダルを獲得した太田雄貴

 2008年北京五輪は、それまで五輪でのメダルを獲っていなかった日本フェンシング界にとって歴史的な大会になった。太田雄貴が男子フルーレ個人で 銀メダルという結果を残したのだ。
 02年に高校2年で全日本選手権を制して史上最年少の王者になった太田は、18歳で04年アテネ五輪に出場。ベスト16に進出して9位という結果を残した。翌05年には、世界ジュニア選手権で3位になり、06年アジア大会では準決勝で同年世界選手権2位の張亮亮(中国)を破る大金星を挙げた。さらに2006-07シーズンは、25位だった世界ランキングを7位まで上げる急成長を見せていた。
 男子フルーレ個人は、ランキング8位以内に選手が入っている国は2名まで北京五輪に出場できた。団体が行なわれない分(※)、1つでも多く枠を獲得する、そして出場できない仲間たちの想いを背負って戦う。

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