東都2部の歴代安打記録を更新。国士舘大の稀有なヒットマンは何者か

でも、高部は野球が好きで、毎日でも練習しているような野球小僧ですから」
 辻監督は強打の捕手としてロッテ、オリックスで12年もプレーした経験がある。その元プロの監督をもうならせるのは、安打を量産するバットコントロールだけではない。大学リーグ通算24盗塁の快足も高部の武器である。昨年は、春秋リーグ戦27試合で13盗塁と荒稼ぎしている。辻監督は独特の表現で、高部に檄(ゲキ)を飛ばしているという。
「『今から走りますよ』と言ってから走っても、盗塁を成功させないといけないと高部には言っています。去年たくさん走った分、今年は警戒されるなかでいかに成功させるか。ピッチャーに牽制されることも増えていますが、その経験が今後に生きてくるはず。臆病にならずに走ってもらいたいですね」
 高部の名前が少しずつ知られるようになったのは、山梨・東海大甲府高時代である。3年夏の甲子園に出場し、1番打者として活躍。「スーパー1年生」として日本中から注目された清宮幸太郎(早稲田実業/現日本ハム)が甲子園初アーチを放った試合で、高部は東海大甲府のセンターを守っていた。華やかな舞台こそ経験したが、高部は決してエリート街道を歩んできたわけではなかった。
「中学(埼玉・越生ボーイズ)の時なんか、本当にパッとしない選手でしたから。実績も能力もない、たいした選手でもないのに兄が東海大甲府にいたので、くっついていくように入らせてもらったんです」
 強豪校でレギュラーとして甲子園に出場し、大学1年春からリーグ戦で活躍していても、高部の根本には「自分はたいした選手ではない」という原点が残っている。

関連記事(外部サイト)