高津臣吾が松井秀喜に打たれた初本塁打「仕方なく投げた直球だった」

いずれも完投という驚異的なピッチングを披露しました。同級生として、どんな思いを抱いていましたか?
高津 やっぱり悔しかったです。彼がこんなにたくさん投げているのに、僕は投げていない。彼がしんどい思いをしているのに、何も手助けをしてあげられなかった。そういう気持ちが強かったですね。「試合に出たい、投げたい」とずっと思っていましたし、それ以前に「ベンチに入りたい」という思いばかりでした。岡林があそこまでの活躍をしなければ、そこまで強い気持ちにはならなかったかもしれないですけど、同い年の彼が孤軍奮闘している姿を見て、余計にその思いが強くなりました。
――同い年だからこその複雑な感情があったのですね。
高津 そうですね。リーグ優勝を決めた時も、僕は黒潮リーグ(1991年から2000年まで、高知を中心に開催されていた教育リーグ)に参加していて、胴上げに参加できませんでした。そして、日本シリーズではベンチ入りもできなかった。でも、結果的にあの時期に感じた悔しさが、のちに大きな転機となり、翌年の日本シリーズにもつながったんだと思います。
西武・潮崎哲也へのライバル心

現在はヤクルトの二軍監督を務める高津氏 photo by Hasegawa Shoichi

――1993年ペナントレースからは、クローザーとして台頭し始めます。

関連記事(外部サイト)