高津臣吾が松井秀喜に打たれた初本塁打「仕方なく投げた直球だった」

で、彼がパナソニックに入って、ソウルオリンピックに出て、ドラフト1位で西武に入って……、ということを報道で知っているぐらいでしたね。一緒のグラウンドに立つこともなかったし、僕にとって彼は「テレビの中の人」という感じでした。
――同じサイドスローで、シンカーを決め球にして、ともにクローザーでもあります。潮崎さんに対して、意識はしていましたか?
高津 めちゃくちゃ意識しましたね、年齢も一緒、投げ方も一緒、役割も一緒でしたから。セ・リーグ同士であれば対戦中にじっくり見ることもできるけど、リーグが違ったので、夜中のスポーツニュースなどで彼が投げる場面は注視していました。
――潮崎さんとの共通点、そして相違点は何でしょうか?
高津 僕と比べたら、スピードも速かったし、シンカーも一流だったし、僕のほうが優れている点は何もなかったですね。強いて言えば、僕のほうが背が高いぐらいかな(笑)。
対戦成績以上に感じた「西武との差」
――結局、1992年シリーズは岡林さんの力投むなしく、3勝4敗の惜敗でした。これを受けて、翌1993年のスワローズナインの雰囲気はどのようなものでしたか?
高津 チーム全体が「西武基準」になったように思います。セ・リーグのペナントレースに基準を置くのではなく、野村監督のミーティングも、「西武に勝つには?」とか、「日本一になるには?」というように、目線が変わったような気がしますね。

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