プロ1年目。腐りかけた那須大亮を救った中澤佑二や松田直樹らの言葉

僕がパスを散らしてゲームを操るというより、『パスコース=大さん(奥)』『パスコース=アキさん(遠藤彰弘)』みたいな感じで、彼らに(ボールを)預けさえすれば、『あとはなんとかしてくれる』という感じで、僕は監督に求められた仕事をすることだけで精一杯でした」

 与えられた役割をこなすだけではなく、「自分がチームを助けるプレーをしよう」と考えるようになったのは、2008年の東京ヴェルディを経て、2009年にジュビロ磐田に移籍してからだ。この頃から過去の経験をもとにプレーの幅が広がり、どのポジションを預かってもいい意味での力みが取れ、余裕を持って試合を進められるようになった。
「ヴェルディでは1年間を通してセンターバックをやらせてもらい、チームとしては降格してしまいましたが、個人的には手応えを感じられる1年を過ごせました。そのうえで翌年、ジュビロに移籍をし、1年目はセンターバックで、2年目は再びボランチを務めることが増えたんですけど、どこをやってもF・マリノス時代とはまったく違う感覚でプレーができたんです。しかも、チームで与えられた役割もあってのことですが、ボランチから攻撃に関わるようになるなど、プレーの幅を広げながらプレースタイルが出来上がっていく実感を持てた。

 これは、マリノス時代にセンターバックやボランチ、左右サイドバックなどいろんなポジションを経験したことが大きかったと思います。

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