斉藤和巳が燃え尽きた試合。絶望へと繋がる稲葉篤紀に投じたあの一球

絶望感を抱いたままで。
 気持ちを切り替えることなどできなかった。斉藤の時計はここで止まってしまった。
 2003年に20勝を挙げてエースになり、2004年に10勝、2005年に16勝、2006年に18勝を積み上げた斉藤の肩はもう限界にきていた。   
 2007年は登板間隔を空けながら6勝を挙げ、マリーンズとのCSにも登板した。しかし、10月8日のピッチングを最後に一軍から消えた。その後に2度右肩を手術し、長くリハビリを行なったものの、二度とマウンドに上がることはなかった。
 2003年からの4年間で64勝16敗を上げた斉藤の勝率は8割。しかし、リーグ優勝できたのは2003年だけだった。「負けないエース」はホークスを勝たせることはできなかった。
 小久保は言う。
「『野球選手は、活躍できなくなってやめるか、体が壊れてやめるかだ』。これは根本陸夫さんに言われた言葉ですが、この意見に僕は賛成です。体が元気で、どこも痛くなくても、戦力外を通告されることもある。だったら、壊れるまで投げるというのは幸せなのかもしれない。
 和巳は、投げられなくなるまで投げた。そういう意味では、幸せだったかもしれませんね。だからこそ、いまでも彼のことがクローズアップされるのでしょう」

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