エース引き抜き、徹夜で連投…。 土橋正幸が語っていた昭和のプロ野球


 30勝した61年も稲尾が42勝するなど、タイトルは獲れなかった土橋さんだが、無四球試合46は歴代4位。61年には56イニング連続無四死球を記録し、393イニングを投げながら与四球45個だったのをはじめ、四球の少なさが際立つ。そこに”江戸っ子投法”の真髄があるように思う。ちぎっては投げ、ちぎっては投げで四球が少ないので試合が早く終わり、審判からの評判がよかった、という話も残っている。
「ちぎっては投げ、で、確かに試合時間、短かったね。当時、7時に始まって9時半頃に終わるとさ、守ってる先輩に『ダメだよ』なんて言われました。遊びに行くのが忙しいから、2時間半でも長いって。はっはっは。だから、モタモタモタモタやらなかったよね。
 だいたい、このバッターがきたらどういう組み立てで、っていうのは頭ん中で描いて計算してましたから。計算するためには一生懸命、いいバッターほど研究しました。わたしは魚屋のあんちゃんだったけど、野球だけは勉強したんでね。でなきゃ、ちぎっては投げ、なんてできないですよ」  
 聞けば当たり前のように感じるが、テンポよく投げ込む”江戸っ子投法”はボールの勢いとコントロールで成り立つものと解釈していた。実際、土橋さんのピッチングを稲尾が解説した本にも、〈余計な駆け引きを必要としない、圧倒的な球威が土橋投手を支えていた〉〈コントロールは悪くないが、実はコーナーを突く細かい制球力で組み立てていたわけではない。

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