伊藤翔は海外→日本の移籍で苦労「小野伸二さんに教育してもらった」


「相手が10人になってから押し込まれる時間もあった。そこでギアを上げ、点を取りに行くという姿勢を見せたかった。もう少し守備の部分でもできるところはあったと思う」
 先発出場を果たした遠藤康は、淡々とそう試合を振り返った。
 1−0という意識で第2戦を迎えてはならない。広島の選手に限らず、鹿島の選手も同様だろう。だからこそ、6月25日の広島での試合は、先制点が重要な試合になる。
 愛知県の中京大中京高校時代、練習したプレミアリーグ、アーセナルFCで当時指揮を執っていたアーセン・ベンゲル氏から高い評価を受け、「和製アンリ」と呼ばれたのが伊藤翔だった。当然、高校卒業後の進路には注目が集まる。2007年1月、彼はフランスリーグ当時2部だったグルノーブルでプロのキャリアをスタートさせた。日本人がオーナーを務めた同クラブには当時、大黒将志や梅崎司が在籍し、のちに松井大輔もチームメイトとなった。

自身のキャリアを振り返った伊藤翔


しかし、度重なるケガにも泣かされ、3シーズン半の在籍中、リーグ戦に出場したのはわずか5試合にとどまった。2010年6月清水エスパルスへ移籍し、2014年シーズンからは横浜F・マリノスに所属。エスパルスで同僚だった白崎凌兵とともに今季から鹿島アントラーズに加入した。Jリーグを経由することなく、欧州でプロデビューした高卒選手というキャリアは伊藤にどんな影響を及ぼしたのだろうか?
――30歳になり、ご自身のキャリアを振り返ったときに、欧州でプロ生活をスタートしたことをどう感じていますか?
「まずは選手寿命が延びたことじゃないですか? 高校を出てそのままJリーグに入って、一瞬でいなくなる可能性も、もちろんあっただろうから。

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