伊藤翔は海外→日本の移籍で苦労「小野伸二さんに教育してもらった」

でもまあ、本当にいろいろありましたから」
――「和製アンリ」と騒がれていたときの騒動はどんなふうに感じていましたか?
「特にどうこうということはなかったです。先のことをあまり考えるタイプじゃないので。とりあえず1日1日頑張ろう、やれることをやろうと思っているだけで。もちろん、ヨーロッパでプレーし続けられたら良かったとは思いますが、とりあえず、ここまでプロとしてなんとかやってこれたという感じもありますし、清水、横浜、鹿島とステップアップしてきたというキャリアには自分でも驚いています」
――グルノーブル時代、ケガとの闘いをはじめ海外生活の苦闘というのがあったと思います。Jリーグで心身共にプロとしての土台を作ることなく挑戦した舞台だから、厳しさも増したんじゃないですか?
「うーーん。でも、結局は自分次第だと思うんですよ。確かにJリーグにいたほうが、いろいろと気にかけてくれる人や言ってくれる人が多いかもしれない。でも、言葉をかけてもらっても、気づけるかどうかというのは、自分次第だから。もちろん、グルノーブルにオグリさん(大黒)さんや松井さんといった先輩がいてくれたのは力になったし、田辺和良さんという当時のGMにも本当にお世話になりました」
――大きなケガをしてしまったというのも、考えようによっては、若いうちから身体に気を配れる良いきっかけと考えることもできますね。

関連記事(外部サイト)