伊藤翔は海外→日本の移籍で苦労「小野伸二さんに教育してもらった」

だから、身体のバランスも悪くて、ケガをしたと思うんですよ」
――そして、横浜を経て、鹿島への移籍。30歳での新しいチャレンジとなりました。ひと昔前であれば、30代に入ると「引退」と言われる時期もありましたが……。
「そうですね。でも、いつの間にか、Jリーグでの選手寿命もとても長くなりましたからね。40歳くらいまで戦っている人も少なくないですから。横浜では(中澤)佑二さんや俊さん(中村俊輔)もいましたし、うちにもソガさん(曽ヶ端準)がいる。上の人たちが頑張ってくれることで、選手寿命が延びることは本当にいいこと。だから僕自身も、30歳だからというふうに年齢を気にすることはまったくなかったです」
――いろいろな経験を経て、脂がのった時期とも言える。日本で2度目の移籍で気を配った点というのはありましたか?



「それも特にはありません。清水へ加入したときが大変だったから、そこで学んだことが大きく、アジャスト能力が身についたんだと思います。まあ、僕自身の年齢も上になり、自分よりも上の選手が少なくなってきたのも大きいのかも。今も朝ロッカーへ入るときは、年齢が上の選手だけを見ています(笑)。逆に今までチームメイトに同級生がいるというのが意外と少なかったんですけど、鹿島には(永木)亮太とヤス(遠藤康)がいて、こんなに仲良くなるとは思わなかった。

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