無名大学が全国の強豪に激変。ドラフト候補がもたらした意識改革


 だが3年となった昨年、主将に若松朋也が就任すると、杉尾の進言を取り入れ、7時半からの朝練習を導入。居残り練習する選手も格段に増え、限られた時間のなかで質の高い練習を行なうようになり、昨年、全日本大学野球選手権に初出場を果たした。
 初出場ながら、全国大会4強10回の創価大、大学選手権最多出場を誇る福井工業大を続けて破り、全国8強入り。
 そして今年の春も、杉尾が代表決定戦で3連投(うち2完投)とフル回転し、2年連続出場を決めると、開会式では主将を務める大幡が「日本一を目指します」と宣言するなど、選手の意識は格段に向上していた。
 それだけに2回戦敗退は、昨年以上の悔しさがあった。4年生の多くは、教職課程の履修や公務員試験により秋を前に引退するため、三輪監督は「いいチームだったので、悔しさよりも(もうこのチームで戦えない)寂しさのほうが大きいですね」ともらした。
 そして杉尾も、仲間たちにこう感謝の言葉を並べた。
「夜遅くまで野球について語り合い、『勝ちたい』『うまくなりたい』という気持ちは一番のチームでした」
 大会終了後、杉尾は侍ジャパン大学代表選考合宿に追加招集されたが、疲れが抜けきれなかったのか、紅白戦で打ち込まれて落選。だが、杉尾は前を向いた。
「こういった経験はほとんどなかったので、今後に生かしていきたいです」
 そして杉尾は、秋への課題としてストレートを挙げた。
「緩急には手ごたえがあったんですけど、ストレートも磨いていきたいです。代表に選ばれなかった分、夏の練習は長くできるので、プロで通用する投手になれるように練習していきます」
 チームの意識を変え、自らの道も開拓した杉尾。この秋は、幼い頃から目指してきたプロ野球の世界に飛び込むため、春に得たかけがえのない悔しさを糧にさらに腕を磨く。

前へ 1 2 3

関連記事(外部サイト)