20勝して一人前。権藤博が輝きを放った「ピッチャーが天下の時代」

35勝とかやったときよりも、そっちのほうがすっごい、今でも頭に残ってますね」
 スーパーエースたちへの強い憧れ。それが権藤さんの原動力となっていたようだ。その一方、優勝を狙う濃人監督に対して、意気に感じて投げることが底力になっていたのではないか。僕は以前、往年の名選手の方々から、名監督と大エースの関係はそういうものだ、と聞いたことがある。最たる例として、稲尾にとっての三原脩、杉浦にとっての鶴岡一人がそうだったと。
「いや、意気に感じるとかはなかったですね。確かに、あの年は巨人と優勝を争ってましたけど、結局、ハイになることがないまま終わりましたから。ようし、これならいける、これは負けれんぞ、負けるわけがない、つぶれてもいくぞ〜、っていうふうに、気持ちがハイになるような戦いのところには入れなかったですからね。ただ、がむしゃらに投げるだけで」
 この年、中日は首位の巨人に1ゲーム差で優勝を逃した。改めて全試合結果を見ると、権藤さんが最後に4試合連続で責任投手になって負けた9月17日、中日は2位に陥落し、そのままシーズン終了。確かに、最後まで熾烈な争いをした印象は薄い。考えてみれば、権藤さんの場合、稲尾も杉浦も経験した日本一になっていないのだから、同様にとらえられるものではないのだ。
 では、チーム内の目はどうだったか。10勝、20勝としていくうちに、周りの見る目はかなり変わったと思われる。

関連記事(外部サイト)