5季連続甲子園出場の3人が中心。 智弁和歌山が挑む「負けられない夏」

3人だからこそやってこられたという思いは、本当に強いです」

 夏の和歌山大会は、まったく危なげのない戦いで制した。そのなかでも3人の活躍が光った。打順は、春の近畿大会から黒川が3番→1番、西川が2番→3番、東妻が4番→6番に移ったが、これが見事に機能した。

 和歌山大会では、黒川.444、西川.526、東妻.529と揃って高打率を残した。黒川は2本の本塁打も放ったが、真骨頂は決勝での先頭打者本塁打。春の大会以降の打順変更は、監督である中谷仁のなかの「黒川を1番に」からの発想だった。

 当初、好打に足もある細川凌平が1番を打っていたが、より打線に勢いをつけ、相手の出鼻をくじく迫力ある打線を求めたところ、黒川に白羽の矢が立った。そして中谷が求めた迫力ある打線の象徴が、和歌山大会決勝での黒川の先頭打者本塁打だったのだ。
 西川は2番を打っていた時、走者との兼ね合いのなかで高度なバッティングを求められた。ミート力の高さと器用さゆえの要求だったが、3番となった今、西川は「2番の時の経験が生きています」と言った。状況に応じ、走者を還すバッティング、ランナーを進めるバッティング、長打を狙うバッティング……を使い分け、打線に厚みを持たせた。

 そして正捕手の東妻は、センバツの準々決勝(明石商戦)で悔しいサヨナラ負けを経験し、春の大会では途中交代を命じられるなど、苦しい時間が続いた。

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