本人が自負。「巨人V9を支えたのは柴田、高田、土井、黒江の好走塁」

何を食べるときもね、こうやって左手しか使わない」
 柴田さんはそう言うと左手でフォークを持ち、サラダをすくった。実際、手慣れた感じだった。
「ね? こういう工夫をやってみたわけよ。でもね、これが全然、バッティングとは関係ない。やってみて、よーくわかりました」
 思わずドッと吹き出してしまった。効果が得られなかった方法を、ここまで丁寧に説明する野球人、過去に誰もいなかった。
「打つのと、実生活で左手を使うのは関係ないんだね。やっぱり、スイングで作っていくしかない、ってことで、それからバットを振り始めた。初めてだから戸惑ったけど、それなりに形にはなってたかな。本当はバット長く持って、左でも、もっとホームラン打ちたかった。でも、結果を出すために一握り半ぐらい空けて、短く持ってね」

 2年目の63年、柴田さんはファームでスタート。当初、モーリー・ウイルス(ドジャースで活躍したスイッチヒッター)を目指してショートを守っていたが、手薄になっていた外野に再転向する。徐々に打撃面も向上して一軍昇格を果たすと、5月11日の国鉄(現・ヤクルト)戦、この試合で初めて、1番・センターでスタメン出場。25日からの広島戦ではプロ初本塁打をマークした。
「あのときは長谷川良平さんから打って、翌日、大石清さんからまた打って2試合連続ホームラン。

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