アトランタ五輪で千葉と川上が示した日本女子長距離ランナーの底力

7位でゴールした。

「国内のように一列状態にはならないので、位置取りに気を使うレースでじりじりと遅れたけど、せっかくここまで来たのでもうちょっと頑張りたい。『動きたい、動きたい』と思って走っていました。これで満足してはいけないけど、体調を崩したことを考えれば120点です」と、笑顔で話した。

 20歳の千葉と21歳の川上の走りは、世界に通用した。2人は後日、この決勝を振り返って以下のように話した。

「決勝に残って世界と戦えるだけでいい、と思っていたけど、ああいう形になったから頑張れたのだと思います。当日は、すごくあわただしかった。バスで移動したらすぐにみんなのいる部屋に入れられて、籠を置いたとたんに係の人が『レッツゴー!』というので、『エーッ』っていう感じで」(川上)

「みんながそこで着替えていたから、私たちも恥ずかし気もなく着替えたけど、グランドに入場してからが長かった。スタートは他の選手のヒジが当たるくらいだったので、ちょっとでも気を緩めるとコケるような感じでした。だから、コケないようにすることに必死で、ほかのことを考えている暇はなかった」(千葉)
 そんなアッケラカンとした気持ちで臨めたからこそ、2人はそこまで戦えたのだろう。千葉はその快走を97年の世界陸上アテネ大会でも披露し、銅メダルを獲得。5000mグランプリファイナル出場へつなげた。

 アトランタ五輪での千葉と川上の成果は、翌97年の世界陸上アテネ大会女子マラソンでの鈴木博美の優勝に始まる、日本女子マラソン黄金期へ向けた下支えになったと言える。

前へ 1 2 3 4 5

関連記事(外部サイト)