松島幸太朗は南アより桜ジャージーを選んだ。「日本への気持ちは大きい」

2010年度の「花園」全国高校ラグビー大会の準決勝では100メートルの独走トライを決め、決勝ではFB藤田慶和(パナソニック)を擁した東福岡高と31−31で引き分け、母校に初の優勝(同時優勝)をもたらした。

 ところが高校卒業後、松島は他の有望選手と違う選択を決断する。強豪大のラグビー部からの誘いを断り、ジンバブエ出身のジャーナリストの父と5〜6歳まで暮らした、生まれ故郷の南アフリカへ渡ったのだ。

 理由は、「スーパーラグビーに挑戦したい」から。桐蔭学園の藤原秀之監督に「(南アフリカ挑戦は)どうだ?」と問われ、その言葉が18歳の少年の背中を押した。

 松島はスーパーラグビーのシャークスの育成機関に入って3年間研鑽を積み、得意のランに磨きをかけた。ケガで苦しんだ時期もあったが、タックルで身体を張る力強さも増し、順当に成長曲線を描いていく。「南アフリカに行ったからこそ、たくさん経験もできた。僕のなかでは『デカい経験』。それがあったから、今ここ(日本代表)にいると思う」。

 2013年、松島はついにU20南アフリカ代表候補の合宿メンバーにも名を連ねることになる。だが、松島はその招集に応じることはなかった。

「試合に出てしまうと、日本代表になれなくなってしまう。日本代表への気持ちが大きかった」。

関連記事(外部サイト)