菊谷崇が悔やむ日本代表の結末「勝っていたら次の4年が変わっていた」


「トンガ戦もミスが多かった。エディー(ジョーンズ前日本代表HC=現イングランド代表HC)になった時、よくキャップ数(国別代表戦出場数)といっていましたけど、やっぱり経験値って大事なんです。トンガはワールドカップイヤーになると、いいメンバーが集まるじゃないですか。フランス戦もトンガ戦もカナダ戦も焦って、自分たちで崩れるケースが多かったのかなと思います。ぶれない戦い方が重要なんです」




――そうですね。最後のカナダ戦も自滅のような展開でした。
「その前の(2007年)大会もカナダと引き分けだったでしょ。今度こそはと思って、ジャパンのリズムで攻めていた記憶があります。なのに、追いつかれて」
―ラスト10分ですよね。
「そこをちょっと悔やみますね。ただ勝利を持ち帰ることができなかったという申し訳なさのほうが大きかったと思います。当時、まだ若かった堀江(翔太)とか、田中フミ(史朗)とか、そういうメンバーに対しても申し訳なくて…。あそこで勝っていたら、次の4年間が変わっていたという思いもあります」
――あのカナダ戦。最後に追いつかれた理由は何だったのでしょうか。
「たくさん、あるんじゃないでしょうか。そのあと、エディーの時代に入って、ラグビーにとことん厳しくなりました。

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