初の日本一直後に不穏な空気。八重樫幸雄が明かす広岡ヤクルトの不和



――広岡さんは1979年限りでチームを去りました。もしも、「広岡監督がヤクルトに遺したものは?」と質問されたら、八重樫さんは何と答えますか?

八重樫 それは、その時に指導を受けた選手たちだと思います。杉浦(享)、渡辺(進)、水谷、そして僕。そうした中堅選手たちが広岡さんの時代に育って、その後に長くチームを支え、現役引退後もコーチになってチームに残ったわけだから。

――では、最後の質問です。八重樫さんから見た広岡監督はどんな指導者で、どんなことを学びましたか?

八重樫 広岡さんの言うように、「厳しく基本を徹底したら、チームは強くなるんだ」ということを学びましたね。ただ、固定観念が強い部分があって、それを嫌う選手との衝突があった。「その点だけは、なんとかならなかったかなぁ」という思いは、今でもありますね。

(つづく)

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