ラリードライバー篠塚建次郎は70歳。パジェロが年8万台売れた頃を語る

三菱も1983年よりパリダカにパジェロで参戦を開始しましたが、中心となったのはフランスの三菱販売店で、ドライバーはすべて外国人でした。それをどのように見ていたのですか?

 なんか遠いところでやっているなあ、という感じでしたね。83年は初めてパリダカに出場して11位でしたが、84年は3位、85年には優勝しちゃったんです。ライバルのポルシェを倒して日本の三菱が勝ったということで、ヨーロッパではそれなりに話題になったんですが、国内ではアフリカでフランス人ドライバーが優勝したといっても全然ニュースになりませんでした。

 社内では「やっぱり日本人が乗らないといけない」ということになり、誰かいないかとなった時に僕に声がかかりました。もう8年も走っていないので腕は錆びついているかもしれないけど、いいじゃないって(笑)。でもパリダカは、これまで僕が走ってきたラリーとはちょっと違うんですよ。
――パリダカはラリーレイドと呼ばれ、マラソンのようなイベントですよね。

 僕はラリーでも、ずっと短距離走のほうをやってきました。サーキットのレースでたとえるならば、短距離はスプリントのF1、長距離は耐久レースのル・マン24時間というイメージですね。パリダカは長距離走に冒険を足したようなイベントでしたので、自分の走るラリーじゃないなと最初は感じました。

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