佐々木朗希が語った「半々です」の思い。高校時代の無念はプロで晴らす

韓国の地で、どこか吐き捨てるように発せられた佐々木の言葉を思い出すたびに、そう思わずにはいられない。
 満たされなかった思い——。
 それは、地元の仲間たちと甲子園に行けなかったことへの悔恨とも言えるだろうか。常々、佐々木は「このメンバーで甲子園に行くことに意味がある」と言ってきた。そしてこう語ったこともある。
「つらい時だったり、悩んでいる時に相談に乗ってくれるチームメイトがいた。そのなかで、一緒に甲子園を目指すということが励みになった」
 だからこそ、本気で甲子園を目指した。だが、夢は潰えた。しかも甲子園が目の前に迫った岩手大会決勝で、出場することなく敗れたのだ。
 ドラフトの日、記者会見場となった大船渡市三陸公民館には野球部のチームメイト54人の顔もあった。彼らを目の前にして、制服姿で会見に臨んだ佐々木は緊張した面持ちだった。テレビ、新聞、雑誌を合わせて約20分だけの記者会見。そのなかで佐々木は「感謝」という言葉を5度使った。両親への思い、支えてくれた人々への思い、育った大船渡への思い、そして仲間たちへの思いを、その二文字に凝縮させた。
 大船渡高校野球部OBのひとりはこう言う。
「プロの4球団が競合するほどの選手が、大船渡から出たこと自体、すばらしいことです。これまでいなかったわけですから。

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