岡本和真が秘めていた究極の打者像。高校では本塁打への執着を捨てていた



「ケガをしない体をつくるなかで、ずっと活躍できる選手になりたい。いずれはホームラン王も獲りたい」
 その言葉を聞いて、おそらく大阪桐蔭時代の中田翔(日本ハム)なら「ホームラン王を獲りたい」と語っていたはずだと思った。だが、当時の岡本は「ホームラン王も」というニュアンスで話すことが多く、その部分に物足りなさを感じたのかもしれない。

 高校1年の秋から4番に座り、1年時の本塁打は8本だったが、2年生になると1年間で48本塁打を量産した。その理由を聞くと、岡本はこう答えた。

「監督や部長から『3年になったらチームのことを考えてプレーするようになるから、思い切りできるのは今のうちだけやぞ』と言われて、それで打席では常に思いきり振っていこうと。その結果だと思います」

 この頃の岡本は、間違いなくホームランを意識していた。それが最上級生になると、「チームのためのバッティングをしたい」や「ランナーを還すバッティングを心がけたい」など、常に意識はチームに向いていた。

 そのなかで、ただ一度だけ「バックスクリーンにホームランを打ちたい」と言ったことがあった。それが3年春のセンバツ直前である。その理由を聞くと、「監督から『たまには大きいことを言ってみろ』と言われて……」と明かしてくれたことがあったが、センバツ初戦の三重戦では宣言どおりバックスクリーンに特大の一発を放ち、さらにその試合ではもう1本スタンドへ放り込んだ。

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