ドイツW杯、稲本潤一は選手として我慢すべき一線を越えてしまった

ドイツW杯、稲本潤一は選手として我慢すべき一線を越えてしまった

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私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第11回
なぜ「史上最強」チームは崩壊したのか〜稲本潤一(2)

 2006年ドイツW杯初戦、日本はオーストラリアに1−3と逆転負けを喫した。その後、クロアチア、ブラジルという強豪との対戦を残していることを考えれば、勝たなければいけない相手だったが、その相手から勝ち点3を奪えなかったことで、チーム内には大きな衝撃が走り、選手たちの内面は闇に覆われた。

「(初戦敗戦後の)翌日の朝食とか、みんな、めっちゃ暗かった。初戦で厳しい逆転負けを食らったんで、仕方がないんだけど。自分は『次、まだ取り返せる』と思っていたけど、残りの対戦相手を考えると、『結構キツいなぁ』とも思った」

 稲本潤一は、当時のことをそう振り返った。

 事実、その時のチームには重苦しい空気が流れていた。勝てなかったレギュラー組と、サブ組とで温度差が生じ、両者の間にはすきま風が吹き始めていた。


初戦のオーストラリア戦に敗れ、練習中もチームの雰囲気は決してよくなかった

 選手たちが練習に向かうと、スタンドには多くのファンが駆けつけていた。ジーコ監督は、練習公開を基本としているので、その日も例外ではなかった。

 練習は、静寂ムードのなか、最初のうちは選手たちの声だけが響いていた。

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