目標を失い、引退の不安もあった白鵬がモチベーションを回復したわけ

私は、休場という決断を下しました。

 平成から令和にかけての、ふたつの時代にわたって優勝を成し遂げる――というのは、私の夢のひとつでもありました。

 また、この場所では、私の内弟子にあたる炎鵬が新入幕を果たしたことで、横綱土俵入りが初めて自前でできる状況が整っていたのです(露払いの石浦、太刀持ちの炎鵬)。2人の内弟子たちのがんばりには頭が下がる思いですし、長年の夢だった自前での土俵入りも実現したかったのですが、私は治療に専念することを選択しました。

 それだけ状態がよくなかった、ということもありますが、ここで無理をして、この先にある大きな夢の実現をふいにしたくない思いもありました。

 6月に入ると、治療の効果があって、私の上腕は徐々に回復。力士を相手にした稽古も再開することができるようになりました。

 6月と言うと、私が所属する宮城野部屋では毎年、滋賀県長浜市で合宿を張ります。力士各々が稽古に励みますが、相撲をかじっている私の長男も参加したりして、例年は和気あいあいとしたムードのなかで行なわれます。

 でも昨年は、どうしてもやり遂げたい”ミッション”があって、例年とは違って、ピリッとした雰囲気にあったかもしれません。その”ミッション”とは、炎鵬を鍛えることです。

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