資本主義の語を使わなかった「資本主義の父」

資本主義の語を使わなかった「資本主義の父」

東京長寿健康センター(元・東京養育院)にある渋沢栄一像。東京養育院は困窮者、病者、孤児、高齢者、障害者の保護施設で、渋沢は半世紀にわたって院長の任にあった(写真:igamania/PIXTA)

明治時代から昭和時代初期にかけて、500以上の企業の設立に携わり、日本の近代産業の礎を築いた渋沢栄一。

渋沢は「論語と算盤」の言葉で知られるように、経済的利益だけでなく、公益(社会的利益)の両立をめざし、600もの社会事業に貢献したソーシャル・アントレプレナーでもあった。

渋沢の資本主義へのアプローチの仕方は、今日でいうSDGs(持続可能な開発目標)やCSV(共通価値の創造)の考え方を先取りしていたものともいえる。

昨今、そうした渋沢の思想は世界的にも注目され、日米英仏の研究者による『グローバル資本主義の中の渋沢栄一』という書籍にもまとめられている。

本記事では、同書の著者の1人であり、長らく渋沢研究に携わってきた木村昌人氏が、渋沢の経済思想である「合本主義」について解説する。

■「資本主義」ではなく「合本主義」

渋沢栄一は、「近代日本資本主義の父」とよくいわれますが、10年ほど前に、私はふとしたことから渋沢は、自身の思想や行動について語るときに、資本主義という言葉を使っていないことに気がつきました。

まれに使うときには、「アメリカの資本主義はあまりにも私益を求めすぎる」のような批判的な言い方で用いていたようです。

それでは、渋沢はどのような言葉を使っていたのでしょうか。

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