江戸時代の「寿司の値段」はいくらだったのか

江戸時代の「寿司の値段」はいくらだったのか

江戸時代は不人気だったというマグロ(写真:: shige hattori /PIXTA)

テレビドラマや映画などでよく描かれる江戸時代の人々。日々の暮らしは現代とは大きく異なっていたはずですが、「お金の面」ではどうだったのか――。日本近世史学者の大石学氏が監修した『江戸のお勘定』より一部抜粋・再構成してお届けします。

同書では、比較的物価が安定していたとされている文化・文政年間(1804〜1830)を基準とし、金・銀・銭の換算は、幕府の換算基準値の1両=銀60匁=銭4000文としています。また、当時はそば1杯が16文だったことから、現代の価値に換算して1文を30円、そこから金1両を12万円と計算しています。

■外食産業が盛んになった江戸時代

明暦3年(1657)に起こった明暦の大火によって、徳川家康・秀忠・家光という三代にわたって造られた江戸の町は、灰燼に帰してしまった。復興のために数多くの大工や左官などの職人が江戸に入り、これによって江戸の町が新しく生まれ変わった。この時に職人たちが多数江戸に流入したことによって、食習慣が変わり、現在の日本食や日本人の食事スタイルが確立されるきっかけとなる。

それまで食事は朝と夕の1日2食であったが、肉体労働に従事する職人は2食では足りず、もう1食を食べるようになり、1日3食に定着したのが、この頃とされている。江戸には復興のために集められた職人だけでなく、参勤交代で大名に付き従って来た諸藩の藩士など、単身男性が大勢住んでいた。

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