第一次世界大戦の遠因もロシアの南下政策だった

さらに1792年には、ヨーロッパがフランス革命による騒乱の中にある隙を突くように、クリミア半島を併合してしまいます。このことによってロシアは、黒海に臨むクリミア半島の良港を得ました。代表的な港がセヴァストポリです。

さらにロシアはバルカン半島に対して、宗教的保護者の立場にあると主張します。そこには次のような経緯がありました。

キリスト教は1054年に、ローマ教会と東方教会に分裂しました(大シスマ)。東方教会の大本山はコンスタンティノープル教会で、最高の権威者であり、保護者の立場にあったのは東ローマ帝国の皇帝でした。

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