観光が好調な小田原、知られざる歴史と文化

観光が好調な小田原、知られざる歴史と文化

小田原市の観光が好調も課題

観光が好調な小田原、知られざる歴史と文化

耐震工事を終え、昨年リニューアルした小田原城天守閣(筆者撮影)

今、神奈川県南西部の下町、小田原市観光が好調だ。

2016年4月に耐震補強工事が完了し、5月にリニューアルオープンした小田原城天守閣の影響が大きく、市の統計によれば、リニューアル前の2014年5月から2015年4月の入場者数が50万6516人だったのに対し、2016年5月から2017年4月にかけては、69.4%増の85万8089人を記録している。

観光客でにぎわうのは喜ばしいことだが、その一方で、地元の人が「残念だ」と口にすることがある。

それは、小田原には北条氏の城下町として発展した戦国時代、東海道の宿場町として繁栄した江戸時代、別荘地となった明治以降の重層的な歴史や文化遺産があるにもかかわらず、天守閣を中心とする城址公園だけを見学して帰ってしまう観光客が多いということだ。

本稿では、奥深い小田原の歴史と文化に触れるべく、小田原に500年以上続く、神奈川県下で最古の商家を中心に取材した。

■「ういろう」の元祖は小田原にあり

「ういろう」という棹菓子(さおがし)をご存じだろうか。棹菓子とは細長く製した和菓子のことで、代表的なものに羊羹(ようかん)がある。実は、羊羹が現在の棹型になった、その原型がういろうであり、名古屋や京都、山口など、全国各地で製造・販売されている。

しかし、ういろうを最初に作った「元祖」と言うべき外郎(ういろう)家が、今も神奈川県の小田原市にあり、製薬・製菓業を営んでいることは、全国的にはあまり知られていないのではないだろうか。

なぜ、ういろうの元祖が小田原にあるのか、その謎をひもとくために、まずは外郎家の歴史を簡単に紹介しよう。

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