19歳でプロ野球選手に嫁いだ妻の波瀾曲折

19歳でプロ野球選手に嫁いだ妻の波瀾曲折

1970〜1980年代に巨人の「不動の1番バッター」として活躍した松本匡史さん(右)と妻の由佳さん

プロ野球シーズン真っ盛り。連日連夜にわたって熱戦が繰り広げられている。そこで戦う選手の夫を支える妻を描く「プロ野球選手の妻たち」(TBSテレビ系)(次回は7月17日<月・祝>よる7時から放送)。「バース・デイ」「プロ野球戦力外通告」など、TBSのスポーツドキュメンタリーのスタッフが手掛けるドキュメンタリー番組だ。過去の放送分から、過酷なプロ野球の世界に人生を翻弄されながらも、力強く生きていく夫婦の実像を紹介しよう。

今の40代以上の野球好きなら、松本匡史(まつもと・ただし)という名前を知っている人は少なくないだろう。プロ野球のテレビ中継の視聴率が、連日20%を超え、絶大な人気を誇っていた1970〜1980年代に、読売ジャイアンツ(以下、巨人)の不動の1番バッターとして活躍し、セ・リーグの盗塁記録(1983年、76盗塁)を樹立。当時監督だった長嶋茂雄氏により、巨人のスターへと育てられた選手だ。トレードマークの青い手袋から「青い稲妻」と呼ばれていた。

■入団当初、松本匡史は無名の選手だった

入団当初の匡史さんはプロ野球では無名ともいえる選手だった。早稲田大学4年生のとき、東京六大学リーグの盗塁記録を塗り替えるなど、大学野球のスター選手だった一方で、プロでやっていく自信がなく、当初は社会人野球に進むつもりだった。

運命を変えたのは、当時の巨人で監督を務めていた長嶋茂雄さん。「どうしても欲しい」という強い希望からドラフト会議で、強行指名。

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