高級住宅街「尾山台」は渋沢栄一の思想が生んだ

高級住宅街「尾山台」は渋沢栄一の思想が生んだ

東急大井町線の尾山台駅。上りと下りのホームが別々に設置されているため、改札を出ないとホーム間を移動できない構造だ(筆者撮影)

昨年、東急電鉄の前身でもある田園都市株式会社が設立100周年を迎えた。

1918年に設立された田園都市株式会社は、渋沢栄一による最後の事業を実現させるための企業だった。渋沢が夢見た田園都市づくりは、当初、洗足駅を中心に目黒区・品川区・大田区にまたがるエリアでスタートした。だが、洗足田園都市と名付けられた住宅地の開発は、渋沢を満足させるものではなかった。

そのため、第2弾として多摩川台の造成が進められた。大正期に著しく発展した多摩川台は田園調布と名を変える。田園調布は、理想の高級住宅街になった。そして“田園調布に家が建つ”というフレーズに使われるほど、田園調布は金持ちの象徴として語られるようになる。

田園調布を完成させたことで役目を終えた田園都市株式会社は、1928年に子会社として設立した目黒蒲田電鉄に吸収される形で幕を下ろす。こうした歴史をたどったため、田園都市株式会社は現存しない。

渋沢のDNAを受け継ぐ街は、洗足と田園調布の2つだけではない。田園調布に隣接する玉川村、現在の駅名でいえば東急電鉄大井町線の尾山台駅の一帯も、渋沢の思想を色濃く反映して造成された街といえる。

■独立意識の強かった玉川村

世田谷区は玉川地域のほか、世田谷・北沢・砧・烏山の5地域に区分される。

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