VW「ビートル」が80年の歴史に幕を下ろした理由

VW「ビートル」が80年の歴史に幕を下ろした理由

約80年の歴史に終止符を打つことになったVW「ビートル」(写真:フォルクスワーゲン グループ ジャパン)

ドイツを代表するスポーツカーのポルシェは、ボヘミア生まれの技術者であるフェルディナント・ポルシェ博士の息子フェリーが生み出した。では、ポルシェ博士の功績とは何かというと、その1つに小型大衆車のフォルクスワーゲン・タイプ1、通称ビートルがある。

ビートルは、1978年までドイツ国内で製造され、その後はメキシコで2003年まで生産が続き、累計で2153万台が造られた。1つの基本設計のクルマがこれほどの数製造された例はほかにない。

ドイツでの初代ビートル生産終了後の1998年に、フォルクスワーゲン・ゴルフを基にした第2世代のビートルが、ニュー・ビートルの車名で誕生した。続いて2011年からは、第3世代のザ・ビートルと呼ばれる車種へ引き継がれた。これが今年、いよいよメキシコでの生産を終え、一連のビートルの歴史に幕が閉じられることになったのである。

フェルディナント・ポルシェ博士の構想から生まれたビートルの姿は、約80年の歴史を経て消えることになる。

■ポルシェという技術者の存在

19世紀のオーストリア=ハンガリー帝国ボヘミア(現在のチェコ西部・中部地区)で生まれたフェルディナント・ポルシェが、最初に作ったクルマは、ウィーンにあるローナー社で設計したローナー・ポルシェであった。実はこの車は電気自動車(EV)であった。

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