コロナ専門家会議が解散するまでの一部始終

コロナ専門家会議が解散するまでの一部始終

専門家会議の日本記者クラブでの会見中に、専門家会議廃止の報道が流れた。写真手前から尾身茂副座長、脇田隆字座長(写真:共同通信)

政府は「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」(以下、専門家会議。脇田隆字座長)を廃止し、新型インフルエンザ等対策特措法に基づいて設置されている「新型インフルエンザ等対策有識者会議」の下に、7月初めにも新たに「分科会」を設ける方針だ。新設の組織には地方自治体の代表やリスクコミュニケーションの専門家も加え、新たな感染拡大局面に備える。現在の専門家会議は「法律に基づくものでなく、位置づけが不安定だった」(西村康稔・経済再生担当相)ことが廃止の理由とされるが、これまでの政策決定に大きな役割を発揮してきた。専門家会議メンバーだった釜萢敏氏(日本医師会常任理事)に、これまでの取り組みや課題について聞いた。

――専門家会議による情報発信は、政府の認識や国民の行動に大きな影響を与えました。その一方で、法律に基づかない諮問機関にすぎないのに政府を代表しているかのようだといった批判もあり、組織のあり方も問われました。

専門家会議の前身の組織として、厚生労働省が「感染症対策アドバイザリーボード」を最初に開催したのが2月7日だった。その直前の2月3日に横浜港に寄港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」での集団感染への対応が当初の最大のテーマだった。

私はアドバイザリーボードのメンバーではなかったが、日本医師会で感染症対策の任にあったことから厚労省の要請を受けて、日医の災害派遣医療チーム「JMAT」の先遣隊として2月10日に現地に赴いた。

1 2 3 次へ

関連記事(外部サイト)