李登輝「台湾に生まれた悲哀」で貫いた奉仕人生

李登輝「台湾に生まれた悲哀」で貫いた奉仕人生

7月30日、97歳で死去した台湾の李登輝元総統(写真は2007年6月、東京都内で撮影、ロイター/Yuriko Nakao)

「台湾民主化の父」、「ミスターデモクラシー」――。植民統治、独裁体制を生き抜き民主化を主導した激動の東アジアを代表する政治家だった。

台湾の元総統、李登輝氏が7月30日に台北市内の病院で死去した。97歳だった。独裁体制下にあった台湾の民主化と経済発展に尽力。1996年に行われた台湾住民による総統直接選挙で勝利し、初の民選総統に就任した。「22歳まで日本人だった」と語るなど日本国内では李登輝氏を親日家として高く評価する向きもあり、日本の政財界などと深い親交があった。

死去を受けて、台湾のみならず世界から多くのメッセージが出された。蔡英文総統は総統府の声明として「台湾の民主化における貢献はかけがえのないもので、死去は国家にとって大きな損失」だと発表した。日本でも安倍晋三首相のほか立憲民主党の枝野幸男代表、小池百合子・東京都知事など与野党問わず多くの追悼のメッセージが出された。

■「台湾人に生まれた悲哀」を歩む

李登輝氏は総統在任中に作家、司馬遼太郎氏との対談の中で「台湾人に生まれた悲哀」という言葉を口にしていた。オランダ、鄭成功、清朝、日本の植民統治、大陸から移った中国国民党(以下、国民党)が独裁する中華民国政府――。台湾の歴史は外来政権に支配され続けてきた。李登輝氏自身も外来政権の統治下を生き抜いており、その生き様から出た想いともいえる。

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