生産性に振り回される人々が抱く「恐怖」の正体

生産性に振り回される人々が抱く「恐怖」の正体

深く刺さる「呪いの言葉」になっている(写真:Jirsak/iStock)

近年、話題のビジネス書やスキルアップ系のオンラインサロンなどでお題目のように唱えられている「生産性」という言葉。

「劇的に生産性を上げる方法」「生産性を上げる7つの習慣」「幸福な人ほど生産性が高い」「生産性を上げて定時に帰ろう」等々──。これらは多くの場合、厳密には労働生産性や1人当たりGDPなどとは趣の異なる使われ方をしている。つまり、「優秀な人材かどうか」や「クリエーティビティーの有無」といった市場における各人の仕事の能力やパフォーマンスを推し量る「一種の呪い」となっているのである。

「あいつは生産性が低いからダメだ」といった嘲笑レベルの会話にとどまらず、「君はほかの社員と比べて生産性が低すぎる」という言辞が退職勧奨の常套句にもなっている。けれども、往々にして「生産性」が意味するところは、やたらと多義的であり、明確ではない特徴がある。

生産性とは、ざっくり言えば、あるモノを作るに当たり、生産諸要素がどれだけ効果的に使われたかということであり、それを割合で示したものである(日本生産性本部/生産性の定義より)。生産諸要素とは、機械設備やエネルギー、労働力などのことをいう。

■「生産性」は「呪いの言葉」に

例えば「労働生産性」は、「労働投入量1単位当たりの産出量・産出額」のことで、労働者1人当たり、または労働1時間当たりでどれだけ成果を生み出したかを指す。

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