ゴーンの右腕が法廷で吐露した「痛恨の汚点」

1月12日の志賀氏への証人尋問は、初公判から数えて29回目、2021年に入って初の公判だった。

志賀氏の証言によれば、ゴーン氏が日産自動車の社長に就任した1999年から2008年まで、ゴーン氏の報酬は、代表取締役や取締役共同会長を歴任した小枝至氏と協議して決めていたという。当時のゴーン氏の年棒の正確な金額を志賀氏は知らないが、「全取締役の総額からゴーン氏以外の報酬を差し引くと20億円くらいだから、そのくらいだったのではないか」(志賀氏)と述べた。

小枝氏が相談役名誉会長に退いた2008年6月、ゴーン氏の役員報酬を今後は自分(志賀氏)と協議して決めるものだと志賀氏は思っていた。なぜなら、取締役会決議で、ゴーン氏の報酬はCEOとCOOが協議して決めることになっていたからだ。

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