暴発した国軍とスーチー氏の「対話不足」の深刻

暴発した国軍とスーチー氏の「対話不足」の深刻

バンコクのミャンマー大使館前でクーデターに抗議するため集まったミャンマー人たち。右の写真はアウンサンスーチー氏の父で、国父として尊敬されているアウンサン氏(写真・Bloomberg)

2月1日にミャンマーで発生したクーデターで、アウンサンスーチー国家最高顧問が拘束・軟禁状態に置かれている。クーデターを実行したミャンマー国軍は「国家非常事態宣言」を発令、与党・国民民主連盟(NLD)の閣僚・議員らも拘束された。

1988年に国軍のクーデターにより長い軍政が続いたミャンマー。2011年に民政へ移管し、2015年の総選挙でアウンサンスーチー氏率いるNLDが総選挙で勝利を得て本当の民政が始まった。そこからわずか5年で軍部の力に民政が押しやられてしまった。ノーベル平和賞を受賞するなど国際的にも知名度が高い民主活動家の指導者がいるミャンマーで、なぜクーデターが強行されたのか。その背景と理由、日本など国際社会との関わりについて、ミャンマー政治に詳しい政策研究大学院大学の工藤年博教授(東南アジア研究)に聞いた。

■2020年11月総選挙でのNLD圧勝に国軍が危機感

――国内でも人気が高く、日本をはじめ世界でも民主活動家として有名なアウンサンスーチー氏が指導者となったミャンマーでクーデターが発生したことは、国際社会で意外な事件として受け止められています。

確かにアウンサンスーチー氏は民主活動家として名高いが、現実のミャンマーには国軍の権力が今もなお根深いという現実を国際社会は忘れがちだ。民政移管でほぼ10年経つが、それでも国軍が影響力を行使できる部分が少なくはない。

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