3.11原発事故で現場対応した人の薄氷踏む判断

3.11原発事故で現場対応した人の薄氷踏む判断

3.11で原発事故が起きた際に開催された日米合同調整会議。日本側の代表を務めた衆議院議員の細野豪志氏と、自衛隊を代表してこの会議に参加した磯部晃一氏が当時の体験について語り合った(写真左より細野豪志氏、磯部晃一氏)

日本の外交の基軸である日米同盟。3.11で原発事故が起きた際、同盟国であるアメリカが日本に手厚い支援を行ったことをご存じの方も多いのではないだろうか。当初、日本側の方針が定まらず、アメリカはそれに厳しい視線を向けたが、その状況を改善するために開催されたのが、日米合同調整会議だった。

その日本側の代表を務めたのが衆議院議員の細野豪志氏。そして、自衛隊を代表してこの会議に参加したのが磯部晃一氏だった。2人が今振り返って語ることとは?新刊『東電福島原発事故 自己調査報告 深層証言&福島復興提言:2011+10』から抜粋して掲載する。

■戦後以降、3.11は最大の国家的な危機だった

細野豪志(以下、細野):磯部さんは、3.11のときに防衛計画部長をされていて、自衛隊の統合幕僚監部という国家権力の中枢で原発事故を経験されています。3月21日から始まった日米合同調整会議では、自衛隊の制服組の責任者として出席されていました。私にとってはまさに戦友のような方です。2019年に、原発事故に関わる日米同盟の連携の全体像を書かれた『トモダチ作戦の最前線:福島原発事故に見る日米同盟連携の教訓』を出版されましたね。

磯部晃一(以下、磯部):戦後を振り返ってみると、3.11は最大の国家的な危機だったと思うんです。そのときに日米がどう対応したのか、そして自衛隊はどう動いたのか、政治と自衛隊の関係、自衛隊と米軍の関係、こういったところをまとめる必要があると。

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