災害大国ニッポン、だからこそ国際水準の「公助」を

災害大国ニッポン、だからこそ国際水準の「公助」を

(artisticco/Gettyimages)

昔から「災害は忘れた頃にやってくる」と言われてきたが、決してそんなことはないことを痛感させられたのは、平成最後の夏に終わりを告げようとしている災害大国ニッポンの現況だ。

 今年は6月の大阪北部の直下型地震、広域な被害をもたらせた7月西日本豪雨、そして災害級と表現された酷暑は国内の最高気温を更新、報道で「クーラーを使ってください」と呼びかけるのは異例であった。24年ぶりに8月に多発した台風は特に5日連続発生という史上初めてを記録。迷走台風と表現されたり、東から西への針路をとるものや並走して走るものなどがあり、また9月に入ってから25年ぶりの大型台風が四国から近畿を横断し、トラックを横転させる強風や大規模停電、関西空港を孤立化させるなど各地で大きな爪痕を残した。それらはまるで波状攻撃のように、台風と梅雨前線による広域豪雨の被災地を酷暑が苦しめ、そこにまた多発する台風が目まぐるしく日本列島にやってきた。

 平成の30年を振り返ってみても、災害大国ニッポンの印象は色濃い。昭和の時代には観測することのなかった「震度7」を平成の30年の間だけで日本は4回も体験した。1995年阪神・淡路大地震で初めて震度7を観測、都市型災害への備えを見直すきっかけとなった。2004年の新潟県中越地震でも震度7を観測、車中泊などでのエコノミー症候群が注目された。2011年東日本大震災はM9の観測史上最大の地震で、揺れ、津波、原発事故の複合災害となった。

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