真珠湾攻撃「だまし討ち」の責任は「大使館にあり」は本当か?

真珠湾攻撃「だまし討ち」の責任は「大使館にあり」は本当か?

(AdrianHancu/Gettyimages)

ワシントンDCの日本大使館旧館ロビーに数年前まで、一台の時代がかったタイプライターが置かれていた。日米が先端を開いた真珠湾攻撃の際、米側に手交された交渉打ち切り通告の作成に使用されたともいわれている。

 日本を破局に導いたあの日から8日で77年。すでに歴史の範疇に入ったと言うべきだろう。が、「パールハーバー」をめぐっては、なお隠されたドラマ、未解明の謎が少なくない。そのひとつは、日本側の不手際から対米通告が攻撃開始後まで遅延してしまったことだ。戦後になっても日本は「だまし討ち」の汚名を浴びせられ続け、それはいまなお払拭されたとはいいがたい。

 学界、ジャーナリズムで、多くの議論が交わされてきたにもかかわらず、「国辱」ともいえる失態について明確な原因究明、だれに責任があるかについての解答が見いだされるに至っていない。時の流れの中で、もはやそれは望めないだろう。しかし、これまで明らかになった経緯を基に得られた教訓を活かすことはできよう。いまの時代にあっても、決して無駄なことではない。

■攻撃から1時間近く遅れる

 日米交渉の打ち切り通告といっても、学校の社会科で習った記憶がある程度で、詳しく知っている人は少ないのではないか。簡単に経過を説明する。

 1941(昭和16)年、欧州の戦火が激化する中で、日本と米国は、日本の中国からの撤兵問題(日中戦争が始まっていた)や米国が反発する日独伊3国同盟などについて、この年の春から交渉を行っていた。

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