不快感にこそ幸せのヒントがあった

 かつて最貧国だったボリビアに住んでいるときが一番幸せだった。なぜだろうか? また、6年ほど前から国連が幸福度の国別ランキングを発表しているが、信頼に足るものなのだろうか? 地球の裏側から報告する。 

■文明は最低限を満たせば、幸福とは無関係か

 住んだのは、押し寄せる広大な緑の中で孤立した島のような何もない村だった。だが歯医者以外、最低限のものは揃っていた。教会、病院(派遣医1人)、小学校、雑貨屋、鉄道の駅、バスケットコート、サッカーグランド、フットサル競技場。

 人々の住む住居は草木の間に点在していた。家々の庭には、京都の寺院の結界を思わせる棒や柵があったが、いつでも乗り越えることができた。電話もインターネットもないのだから、用事があれば実際に家を訪問し、人と会う必要があった。 

 家の中の居間にはベッドとラジカセがあるだけだった。テレビを持つ家は一軒だけだった。だが、電波が届かなかった。パラグアイかブラジルの放送局の電波をまれに捉えるのだが、画面に無数の縦線が入ってジージーと雑音がした。だから、口コミとラジオが外の世界との窓口だった。

 昼は暑かった。村人は家の前の縁台に座って夕涼みをした。夜の帳が落ちると、電気がない村の天空いっぱいに、星屑がまたたく間に銀河を作った。日本ではかつて見たことのない夥しい星々に夜空が白く塗り込められていた。76年振りで現れたハレー彗星を肉眼でわずかにとらえることができた。

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