憲兵に真夜中に尾行され、銃口を突きつけられる

憲兵に真夜中に尾行され、銃口を突きつけられる

チリ・サンチャゴ(pawopa3336/iStock)

 日本人には、独裁といえばお隣の北朝鮮を思う人が多いだろうが、世界には様々な独裁国があったし、今もある。世界情勢が第一次世界大戦や第二次世界大戦の前夜を思わせる群雄割拠の様相を呈してくると、とかく独裁やファシズムや権威的な政府ができやすい。だが、戦前を知る高齢者を除いては、そのような状況を実際に経験した日本人は少ないに違いない。

■独裁はかえって治安がよい?

 私は、何の縁があってか、独裁国家やそれに類似した国に滞在することがたびたびあった。旅、出張、駐在。チリのピノチェト軍事政権(1974〜90)、パラグアイのストロエスネル政権(1954〜89)、ミャンマー軍事政権(1998〜2015)、カタール首長制(1971〜)、サウジアラビア王政(1932〜)、そして現在のベネズエラ政権(1999〜)など。

 金満の王国は別として、私の知る限りでは社会主義あるいは新自由主義の中でこそ独裁は悪の華を咲かせてきた。人類の近代史は、思想や主義は独裁と国民の抑圧のために使われてきたと言える。それは決して他人ごとではない。政治的無関心・絶望、目先の利益への執着、周辺国に対する煽られた恐怖等など、様々な理由で、どこの国でも独裁は細菌のように感染してきた。

 独裁とファシズムの潮流が世界を覆い始め、この極東まで押し寄せて来そうな予感がする今、独裁国とその系譜での筆者のささやかな経験から、独裁の形成、維持、拒否、崩壊の断章を描き、小さな警鐘の鐘を鳴らしたいと思う。

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