血縁に見捨てられた認知症の伯母【ある成年後見人の手記(1)】

血縁に見捨てられた認知症の伯母【ある成年後見人の手記(1)】

(iStock.com/kazoka30)

 「松尾由利子さんが倒れ、脳の血管が切れて認知症となられました」

 2009年2月5日朝、単身赴任していた共同通信社大阪支社に出社間もなく、神戸市内の救急病院から電話。これで義理の伯母、当時86歳の成年後見人への道を選ぶに至った。

 2日後、病院に由利子を見舞う。車いすに座りぐったりしていた。それでも私が分かり「やっちゃん」と、か細い声で呼んでくれた。

 新大阪駅で買い持参した「いちご大福」を、看護師が小指の先ほどに切り食べさせる。いちごは、飲み下せない恐れがあり、捨てられた。「箸を認識できず、食事は手づかみ」と、ソーシャルワーカーの高田美恵(仮名)。

 危急の電話の主も高田だった。彼女が語る経過は……。

 ─―09年1月25日、バスの中で不快を訴え下車、停留所で動けなくなっているのを通行人が見つけ、救急車で搬入。由利子は、現金3万円と預貯金通帳、印鑑など貴重品を手提げ袋に入れ持ち歩いていた。

 高田は、所持品を手掛かりに神戸市内に住む血縁の2軒に電話したが、「関係ない」と、けんもほろろ。外信部次長時代の筆者、松尾康憲の名刺を頼りに東京本社に電話し、大阪に単身赴任中の私を手繰り寄せた─―

 「後見人になっていただけませんか? 身柄を引き取れとか言いません。受け入れる施設は、私が見つけ、その後もご相談に乗ります。拒否されるなら、神戸市長が後見人の選任を申し立てる選択肢もあります。

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