まさか消費者金融に世話になるとは【ある成年後見人の手記(2)】

まさか消費者金融に世話になるとは【ある成年後見人の手記(2)】

六甲山(iStock.com/paylessimages)

 2009年3月14日、松尾由利子は神戸市街の救急病院から六甲山を越え、有馬温泉の奥、神戸市外にある老人保健施設に移り住むことになった。生きて還ることなき旅路である。車いすの由利子と、介護タクシーに乗り込んでいると、ソーシャルワーカーの高田美恵が白衣を着替えて駆け付け、「同行します」と言ってくれた。業務外なのに。

 幼くして両親と生死別していた筆者は、この時55歳だったが、こうした施設とは縁遠かった。徐々に老いていく親を見ている身であれば、心の準備もできようが、私はいきなり当事者となったのだ。ひとり付き添うのが心細くてたまらず、高田の親切がうれしかった。

 一方、施設への入所を強引に進めたのも高田であった。「まだ後見人でも何でもない無資格者ですよ。もうしばらく待ってもらえませんか」と、私は抵抗したのだが、高田に「救急病院という性格上、いつまでも収容できないんです。ふさわしい施設を紹介しますから」と押し切られてしまった。その果ての同道である。

■施設へ送る「生還なき旅路」

 由利子が、「姥(うば)捨て山」に連れて行かれるような気分を抱くのではないか、嫌がったらどうしよう、と胸ふさがる。ところが現実の由利子は、車窓から見える街並みや木々の緑を楽しみ、顔に笑みを浮かべる。揺れが快適なのか春眠も味わってくれた。高田ともども安堵した。外出好きな伯母にとっては1万250円のドライブとなった。

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