指導者として楽しみな中日の苦労人森野将彦

指導者として楽しみな中日の苦労人森野将彦

(Siri Stafford/iStock)

 中日の森野将彦(39歳)が9月24日、本拠地・ナゴヤドームでの広島戦を最後に引退した。このニュースを聞いて、全盛期はいいところで打っていたな、とかつての勝負強い打撃を思い出したファンも少なくないに違いない。それでは、守備でこれという名場面が思い浮かんだ人はどれだけいるだろうか。

 マスコミは森野について、判で押したように「中日一筋の21年間で投手と捕手以外はすべてこなした」と伝えた。実際、現役生活晩年は一塁が多かったが、最も活躍した落合博満監督時代は三塁と外野、若手のころには二塁や遊撃も守っている。だから、同時代に活躍した二遊間のアライバ<Rンビ・荒木雅博と井端弘和、遊撃と三塁を守った先輩・立浪和義とは異なり、ファンによって記憶に残っているポジションが違うのだ。

 特筆すべきは、森野が長年守備位置を転々としていただけでなく、1シーズンのうちにバッテリーを除く7つのポジションを守っていることである。例えば、11年目の2007年は一塁11試合、二塁33試合、三塁40試合、遊撃2試合、外野(左翼、中堅、右翼すべて)90試合。当時の落合監督にこれだけたらい回しにされながら、打撃では当時のチームで屈指の勝負強さを発揮。打率2割9分4厘、18本塁打、94打点と、それまでのプロ生活で過去最高の成績を残しているのがすごい。

 しかし、森野は決してユーティリティー・プレーヤーと呼ばれるような器用なタイプではなかった。

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