トランプが開けたパンドラの箱、エルサレム大使館移転問題の行方

トランプが開けたパンドラの箱、エルサレム大使館移転問題の行方

(iStock.com/gorsh13)

 三代にわたり米国大統領が封印してきたパンドラの箱をトランプ大統領が解き放ち、今月上旬、米国が遂にイスラエル大使館のエルサレム移転に踏み出した。当然ながら、アラブ・イスラム世界だけでなく、全世界に衝撃が走った。

 筆者は、1995年より2年間、在イスラエル日本大使館に専門調査員(パレスチナ政務)として勤務していた。当時は93年のオスロ和平合意を受けて、パレスチナでの部分的自治の開始とイスラエル軍の撤退が急展開していた。オスロ合意の指導原則は「和平と土地の交換」であったから、和平が進展することは、イスラエルとパレスチナが分離共存、つまり二国家がお互いの領土を認め合い、共存することとなる。こうしたさなか焦燥感にかられた極右ユダヤ青年によるラビン首相暗殺事件(95年11月)が発生した。

 もちろん焦燥感にかられたのはイスラエルの強硬派だけではなかった。96年はエルサレム建都3000年にあたり、それにもかかわらず聖地で急展開する土地との交換による和平に、米国のユダヤ系などの保守層が焦燥感を強めた。オスロ和平の急展開に応じて取られた米国の、とりわけ議会の対応が、他ならぬ今回の「エルサレム大使館法」(略称)である。

■エルサレム大使館法とは何か?

 「エルサレム大使館法」とは、95年10月23日に第104議会を通過した法律(Act)で、正式名称を「米国大使館のエルサレムへの移転その他を規定する法律」という。

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