サラエボの虐殺博物館、現在も続く大量虐殺の人類の歴史

サラエボの虐殺博物館、現在も続く大量虐殺の人類の歴史

(PetrBonek/Gettyimages)

3月21日。夕刻ホステル”でアルゼンチン出身のマリアとラウンジでおしゃべり。マリアはバツイチで現在独身。マリアは午前中にホステルが主催する2時間の無料ツアー(Walking Tour)に参加してサラエボ市内を歩いて来た。

 旧ユーゴスラビア社会主義連邦の解体の過程でボスニア・ヘルツェゴビナ独立を阻止するために、セルビア主導のユーゴスラビア軍とセルビア人武装勢力は1992年から1996年までサラエボを包囲した。

 このサラエボの包囲戦で1万人以上が犠牲になった。その大半が一般市民だったとツアーガイドから聞いたという。

 マリアによると、ガイドの説明で印象的だったのは「国連は何もしてくれなかった。UNとは“United Nation”ではなく,“United Nothing”だった」という国連への批判であったという。どうも国連はサラエボの悲劇においては無力(nothing)だったというのがサラエボ市民の偽らざる感情のようだ。

 ロシアが国連の安全保障理事会の常任理事国であるからセルビアやセルビア人武装勢力の後ろ盾として国連が実効性のある決議をすることができなかったのだろう。マリアは第二次世界大戦の戦勝国を自認するロシアと中国が常任理事国として居座り続ける限り機能不全の“無力な国連”は変わらないと酷評。

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