元日産デザイン部門トップ・中村史郎 クルマ人生の礎を築いた高校時代

元日産デザイン部門トップ・中村史郎 クルマ人生の礎を築いた高校時代

北野高校(撮影・安藤青太)

日本を代表する名門高校はイノベーションの最高のサンプルだ。伝統をバネにして絶えず再生を繰り返している。1世紀にも及ぶ蓄積された教えと学びのスキル、課外活動から生ずるエンパワーメント、校外にも構築される文化資本、なにより輩出する人材の豊富さ…。本物の名門はステータスに奢らず、それらすべてを肥やしに邁進を続ける。

 学校とは単に生徒の学力を担保する場ではない。どうして名門と称される学校は逸材を輩出し続けるのか? Wedge本誌では、連載「名門校、未来への学び」において、名門高校の現在の姿に密着し、その魅力・実力を立体的に伝えている。だから、ここでは登場校のOB・OGに登場願い、当時の思い出や今に繋がるエッセンスを語ってもらおう。

 今回取り上げた北野高校は言わずと知れた、大阪一の名門。1950年生まれの中村史郎さんで81期生なわけだが、それだけの歴史と伝統を誇るのだ。最近でも橋下徹や笠原健治といった、著名人を世に送り出しているが、古くは佐伯祐三、手塚治虫といった美的センスに長けた先達も輩出している。

 中村さんは武蔵野美術大に進学後、いすゞ自動車に勤め、デザイン部長をしていた1999年6月末、ニューヨークのヘッドハンティング会社を通じ日産自動車デザイン本部の本部長として迎え入れられた。小学校の頃から抱いていた夢を高校時代に膨らませ、念願のカーデザイナーとなるだけでなく、日産という巨大企業の専務にまで上り詰めた。

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