30年前天安門事件に遭遇した日本人として言っておきたいこと

30年前天安門事件に遭遇した日本人として言っておきたいこと

天安門事件30年を前に、香港で行われた抗議デモ(AP/AFLO)

30年前の1989年6月4日にたまたまレアメタルの仕事で北京に来ていました。北京では常宿の京倫飯店に泊まって居ました。

 天安門に民主化運動の学生が集結していたので、本社からは事態を重くみて帰国命令が出ていたけれども、飛行機の予約便は満杯で帰国することができませんでした。

 北京に駐在していた日系企業の社員は日航か全日空で帰国便を抑えていたようでした。

 僕が勤めていた中堅商社蝶理の社員も現地スタッフを北京に残してすでに我先にと帰国組は帰国していたので事務所には誰もいなくなっていました。

 1989年と言えば当時、僕が扱っていたレアメタルやレアアースのビジネスが活発でこんなチャンスに現場放棄する訳にはいかなかったのが実態でした。

 日本企業ではパナソニック(松下電器産業)だけは誰一人として帰国しなかったようでした。

 1989年はまだ日中貿易が隆々と伸びている時期でしたから日本企業は拡大方針に傾いていました。

 ちょうど1979年に本格的に中国が対外開放政策や地方分権化を進めて、そのちょうど10年後の1989年は中国経済にとってまだまだ伸び代のある時代でしたから、学生たちの民主化運動が天安門にまで押し寄せるとは誰も予想していませんでした。

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