天皇政治利用の今昔



 足利幕府もそうかもしれませんが、やはり天皇のいる京はこの国の中心とみなされていたのです。京が中心というより、天皇がいるところこそが日本という国の中心なのかもしれません。

 徳川家康が打ち立てた江戸幕府が禁中並公家諸法度を制定したのは、それだけ天皇及び公家に脅威を持っていたためなんでしょう。

 これら信長、秀吉、徳川家康の3英傑でさえ天皇を無視することはできなかったことを物語っています。

 そんな尊い天皇に、命乞いまでさせたある武将がいることをご存知でしょうか。その武将のある特技が、天皇が命乞いに動くまでに至ったのです。この件では、天皇自らが積極的に政治参加していたと言えるものです。

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