大学受験に英語の「話す」は本当に必要か?開始前に大混乱の英語教育改革

しかし、ことは公教育だ。本来、「公」の観点と「私」の利益追求のバランスを見据えなければならない政治家が、むしろ貪欲な利潤追求を煽っているのはおかしい。「英語の4技能の向上」などというのはみせかけの理屈にすぎない。

Q 4技能をバランス良く身につけることが重要だといわれているが

A 見かけ倒しもいいところだ。民間試験推進派の主張を聞いても、念仏のように「4技能」とか「バランスよく」などと連呼しているだけで、具体的な方策がみえない。これは盲目的で内容空疎な「4技能教」にすぎない。中高生の勉強時間はかぎられている。そのなかでどう優先順位をつけ、どういう順番で学習を進めるのかこそ考えなければならないのに、4つにわけたテストにしさえすれば、すべてがバランスよく身につくかのように宣伝するのは明らかにミスリーディングで、詐欺同然だ。

 まず「バランス良く」とはどういうことか、答えてほしい。多くの高校生は読めるレベルはそれなりだが、しゃべるのは小学生以下。「均等」を掲げて、すべてを小学生レベルに引きずりおろすのだろうか?伸びやすい部分や、大学教育で必要とされる部分、基礎として大事な部分をまずはしっかり鍛えるべきだ。「均等に」という声も聞こえるが、何を均等にするのか。能力なのか、費やす時間なのか、単に配点なのか、しっかり考えた形跡がない。

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